はじめに
最近、アスベスト被害に関する訴訟や被害者補償の話題をよく耳にするようになりました。まず、アスベストとは何かを簡単に説明します。アスベストは、石綿とも呼ばれますが、繊維状にできる鉱物のことです。かつて、アスベストは奇跡の鉱物と呼ばれていました。耐久性、耐火性、安価という建築資材で求められる要素を全て兼ね備えているからです。しかし、現在では製造や使用が禁止されています。その理由は、吸い込んで肺に入ると深刻な病気を引き起こしてしまう発がん性の物質だからです。記憶に新しい方もいらっしゃると思いますが、某ホームセンターや家具メーカーで販売していた珪藻土マットにアスベストが使われていることが社会問題になっていました。アスベストは、繊維状ですから、削ったり割ったりすると吸い込んでしまう危険性があるからです。この珪藻土マットの一件で、アスベストがどれほど危険なものかを知った方は少なくないと考えます。
この危険なアスベストですが、国は危険と知りながらも、十分な対策を講じてきませんでした。さかのぼること1975年(昭和50年)に初めて法規制の動きがありました。ところが、この規制はかなり甘いもので、西洋諸国は全面禁止と比べるとかなり後進的なものでした。では、全面禁止になったのはいつかというと、それから約40年後の2012年(平成24年)になります。アスベストを危険と認識しつつ、対策を講じてこなかった国(官僚・政治家)の責任は極めて重いです。もし、国が1975年段階で全面禁止にしておけば、現在支払われている巨額な賠償のみならず、多くの命を奪うことはなかったことでしょう。
石綿(アスベスト)調査義務化の背景
国の怠慢が招いたアスベスト問題ですが、約10年後には大きな問題が待ち構えているのをご存知でしょうか。それは、2030年頃にアスベストを含んだ建築物が解体される件数がピークを迎えるというのです。近年、昭和時代に建てられた建築物の老朽化や建て替えが進んでいます。そのため、年々アスベストを含む建築物の解体が進められています。ところが問題なのは、解体される建築物にアスベストが使用されているかどうかが適切に判定される仕組みが今までありませんでした。つまり、アスベストが本当はあるのに無いものとみなして解体するケースやその逆で、無いものをあるとみなして解体するケースがあったのです。解体対象の建築物のアスベストを使用状況を判定する人もいなければ、規制や罰則もなかったので、新たなアスベスト被害者を生み出す温床となっていたのです。
制度の概要
そのため、国は経済産業省、厚生労働省、国土交通省の3つの省を跨いで対策に乗り出しているのです。では、タイトルにある制度はどのようになっているのでしょうか。ちなみに、この制度は2022年(令和4年)4月から実施されます。一定の建築物の工事着工前にアスベストに関する調査(石綿調査)を行うものとされています。石綿調査報告の義務化となる対象建築物は次のいずれかになります。
①延面積80㎡以上の解体工事
②請負金額が100万円以上の改修工事
まず、「①延面積80㎡以上の解体工事」から見ていきましょう。まずは、延べ床面積が80㎡という数字です。坪数に直すと約24.2坪となります。そのため、24坪を超える建築物は、調査報告の対象となると言っても間違いありません。ここで注意したいのは、あくまでこの80㎡というのは、建築物全体の話でなく、解体工事の作業部分を指すことです。大規模建築物の場合、建築物の解体作業する延面積が80㎡を肥えていなければOKという考え方となります。しかし、裏を返すと、一般的な戸建住宅は24坪以上あるケースが多いので、戸建住宅を解体する場合はほぼ間違いなく対象に引っかかってくるでしょう。
次に、「②請負金額が100万円以上の改修工事」についてです。請負金額は、工事代金の総額を意味します。気になるのは100万円以上は、税込価格なのか税抜価格なのかということですが、一般に建設業界では価格を税抜で表示することが慣例となっていますので、この100万円は税抜価格で間違い無いでしょう。(ちなみに、ガイドラインには何も注釈がありません。一般社会では税込表記が必須なのに…)
①、②に関して、以下のような場合は、調査報告の対象とならないようです。
・木材、金属、石、ガラス、畳、電球などの石綿が含まれていないことが明らかなものの工事で、切断等、除去または取り外し時に周囲の材料を損傷させるおそれのない作業
・工事対象に極めて軽微な損傷しか及ぼさない作業
・現存する材料等の除去は行わず、新たな材料を追加するのみの作業
・石綿が使用されていないことが確認されている特定の工作物の解体・改修の作業
解体工事となると、使用材料が単調なもので無い限り、ほぼ間違いなく調査報告の対象となると理解した方がよいでしょう。改修工事(リフォームやリノベーション)で、例えば畳の表替えや水まわりの設備機器の交換であれば、対象とならないでしょう。いずれにせよ、対象となるかどうかは、建築のプロが適切に判断しなければいけません。
制度の今後
先述のとおり、2022年(令和4年)4月から建築物の石綿(アスベスト)調査義務化が実施されます。しかし、この調査は誰が行うのでしょうか。厚生労働省によれば、「石綿に関し一定の知見を有し、的確な判断ができる者」とされています。具体的に誰のことを指しているのか。それは、
・建築物石綿含有建材調査者
・石綿作業主任者のうち石綿等の除去等の作業経験を有する者
・日本アスベスト調査診断協会に登録された者
とされています。
ところが、2023年10月からは、
・特定建築物石綿含有建材調査者
・一般建築物石綿含有建材調査者
・一戸建て住宅石綿含有建材調査者
・令和5年9月までに日本アスベスト調査診断協会に登録された者
と変わります。「石綿含有建材調査者」とは、石綿調査に関して厚生労働省のお墨付きをもらったプロです。特定建築物石綿含有建材調査者と一般建築物石綿含有建材調査者については、全ての建築物について調査ができるものとされています。そのため、調査範囲は変わりません。一方、一戸建て住宅石綿含有建材調査者は一戸建て住宅や共同住宅の住戸の内部に限定されます。つまり、専有部分しか調査対象とはなりませんので、依頼する際は注意が必要です。
費用はどうなるのか
先日、著者は「一般建築物石綿含有建材調査者」の登録講習に行ってきました。実は、この石綿調査は非常に面倒臭く、報告にもかなりの労力を必要とします。「この調査に関する調査費用のガイドラインはあるのか」と疑問に抱きました。そこで、講習会の講師の方にうかがったところ、「調査費用のガイドラインはありません」とのことでした。どうやら、経済産業省・厚生労働省・国土交通省で動いているこのアスベスト調査制度ですが、費用トラブルなどは消費者庁に任せるスタンスのようです。もちろん、厳密に言えば一つとして同じ建築物は存在しないので、調査費用については市場に委ねるべきでしょう。しかし、業者側にとっては石綿調査は明らかなコストアップになります。石綿調査にかかる費用を解体工事の依頼者に提示したところ、解体工事の話が流れてしまうことは可能性としてはなきにしもあらずです。石綿調査は単純な目視作業だけではありません。壁の裏や屋根裏などの見えない場所の撮影、検体の調査分析、アスベスト含有建材の照合、調査報告書の作成などが含まれます。
市町村単位でしかアスベストの補助金がない
本来であれば、アスベスト対策や制度で動いている国が、補助金制度も同時並行で検討しなければなりませんが、現状として市町村単位でしか建築物のアスベスト対策の補助金が存在しません。しかも、補助金が出る自治体はまだまだ少ないのが現状です。一方、補助金を出している自治体では、補助金を拡充する動きが見られます。著者の商圏に近い福岡市では、2021年(令和2年)から石綿除去にかかる補助限度額を120万円から300万円へ倍以上に拡充させています。
<参考URL>
今後、補助金制度を整備又は拡充する自治体が増えてくるものを思われます。今後、制度の動きに大きな変化があった場合は、更新していきます。
まとめ
2022年(令和4年)4月から、一定の建築物の解体・改修工事で石綿調査が義務化されます。制度の詳しい内容は下記のURLをぜひチェックしてください。
https://jsite.mhlw.go.jp/hiroshima-roudoukyoku/content/contents/000727514.pdf
まだまだ認知度が低いものの、制度実施が決まっています。まずは、ご自身の所有している建築物や親名義の建物などをチェックしてみましょう!