はじめに
弊社がある福岡県の内陸部では、今日も厳しい暑さでした。手元の温度計で36℃まで上がりました。筆者自身は、午前中に外仕事があり、無数の汗を滴らせ作業を行いました。午後は在社だったのですが、現場から会社に戻る際に道路工事を行なっている現場があり、しっかりと日焼けした土木作業員が黙々と作業していました。筆者の現場は数日で完了しましたが、この酷暑で工期が長いとかなりしんどいです。
建設現場での熱中症
酷暑の時期に建設現場で働く方々は、暑さと闘いながら作業しています。もし、熱中症にかかろうものなら命の危険さえあります。厚生労働省がまとめた「熱中症による死傷者数の業種別の状況(2017~2021 年)」によると、全産業で2021年に熱中症により亡くなった方の数が20人いました(実際にはもっといそうです)。それで、建設業はそのうち11人いました(こちらも実際にはもっといそうです)。こちらの業種では建設業以外に、製造業、運送業、警備業、商業、清掃と畜業、農業、林業、その他とありますが、建設業が実に50%を超える割合を占めています。
こちらの報告でまとめられている熱中症で死亡した実例には次のようなものが書かれています。「午前中に建物の基礎のコンクリート打設補助作業に従事し、昼休憩のため休憩所に向かった。数分後、同現場の作業者がぐったりしている被災者を発見し、すぐに救急搬送したものの、数日後に死亡した」。
「アパートの改修工事現場において道具や材料の片付け等の作業を行っていたところ、体調が悪くなり、事業者に休憩するよう指示された。被災者は飲料を購入するため、現場近くの自動販売機まで歩いていたところ、道中で意識を失い倒れた。通行人が倒れている被災者を発見し、救急搬送されたが、翌日死亡した」。
建設現場といっても、屋内、屋外、高所、地下、陸地、海沿いなどとても多様です。屋外で発生することもあれば、リフォームやリノベーション工事中の現場で熱中症となることもあります。上記のケースは直接的に熱中症によるものですが、建設現場の死亡事故の代表例である墜落や転倒は、もしかすると熱中症に起因するものが含まれるかもしれません。建設現場は、規模を問わず夏場の労働環境は過酷と言わざるを得ません。
実際の現場で行われる熱中症対策
現場では、気温の他に暑さ指数(WBGT値)が重要視されています。熱中症を予防することを目的として1954年にアメリカで提案された指標です。気温とともにこの暑さ指数が熱中症が発生した際の重要な記録となるのですが、企業や現場単位で、記録や管理の方法及び運用がまちまちです。どちらかといえば、ハード面の充実の方が外部から見ても「やっている感」が出るため、重視されているように思えます。例えば、資金力のある大手企業の大規模な現場では、「熱中症対策自動販売機」なるものが設置されています。これは、作業員がワンコイン(50円であることが多いです)で、飲料メーカーのスポーツドリンクなどを購入できるというものです。テレビや新聞でしばしば取り上げられています。しかし、現実問題として、中小零細企業が携わる物件規模で、「熱中症対策自販機」がある現場を筆者は見たことがありません。
中小零細企業の現場で一般的によく浸透しているのが、ファン付きベスト(ワークスーツ)です。長袖またはベストにリチウムイオンバッテリーで駆動するファンが腰付近に2つ取り付けられているものが一般的です。屋外の建設作業の現場では、若手を中心になくてはならないアイテムとなっています。筆者個人としては、長袖のタイプでなくベストタイプのものを使用しています。筆者は体が大きく腕が太いため、風が届きにくい腕部分では、肌にウェアが張り付いて不快感があるからです。長袖の通気性が良い服にファン付きベストは、おすすめの着方です。そのほかにスポットクーラー、ドライミスト、サーキュレーター、簡易テントといったものが比較的導入しやすい点からも普及しているように思えます。
公共工事で推進される熱中症対策
建設工事は、国や地方自治体が発注する公共工事と企業や個人が発注する民間工事に大別されますが、公共工事では工事費とは別に熱中症対策として経費が出ることがあります。当社がある福岡県の発注する建築工事の場合、数年前から熱中症対策で経費が出るようになりました。熱中症対策経費で経費の対象となる物品は、ドライミスト、斜光ネット、暑さ指数(WGBT値)を測定する機器です。なぜこれらの物品だけなのかは謎ですが、当社が夏場に受注した公共工事でこれらの物品の導入と使用で経費申請をしたことは一度もありません。建設現場は一つとして同じものはないことは先ほど述べました。たまたまかもしれませんが、当社が携わった現場では、対象物品の設置場所や運用方法のハードルがあり導入は見送りました。
全国に目を向けると、都道府県や地方自治体ごとに上記のような制度の有無や充実度は違ってくるでしょう。当社は国土交通省の管轄の工事は基本的に元請となって施工しないので、国の工事ではどのような熱中症対策の補助があるのか気になるところです。
建設現場の熱中症対策の問題点
これまで建設現場の熱中症対策について現場目線で書いてきましたが、違和感を持たれた方もいらっしゃると思います。それは、建設現場の熱中症対策がハード面に重きを置きすぎているのではないかという点です。確かに、ハード面を充実させることは重要です。過酷な環境であればあるほど、熱中症のリスクが高くなるので十分な機器や設備を導入しなければなりません。しかし、このハード面と合わせて重要なのはソフト面です。例えば、休憩を30分おきにする、熱中症対策自動販売機を誰がどれくらいの頻度で利用しているか、気温と暑さ指数が一定値を超えたら無条件で作業を中断するなど、無数に対策ができます。ソフト面は重要であるにもかかわらず、各現場任せ・各個人任せであるのが現状です。建設現場は、人材面、コスト面、管理運用面で様々な潜在的な問題を抱えていますから、正直なところ熱中症対策をまともに行なっている企業や現場は少ないです。
建設現場は、危険な場所であるが故に、労働災害を防がなければなりません。建設現場で多いのは、墜落や転落の事故です。これらにも当然、対策コストがかかります。熱中症に対策を講じるべきなのは事実である一方、建設現場は様々な構造的な問題を抱えています。
これからの熱中症対策
まず、意識改革とブラック体質からの脱却が必要です。具体的には、建設現場には「工期絶対主義」があります。今でこそ4週6休、週休2日を実践する企業や現場が現れてきているものの、週6日勤務が業界的に常態化しているのが現状です。
建設業に従事する労働者の年齢は、年々高齢化していますから、上記のような昭和の働き方は時代に合っていないのです。それにも関わらず、いまだにこの業界は昭和の働き方を続けています。日雇いの労働者もたくさんいます。DX(デジタルトランスフォーメーション)を推進することも重要ですが、昭和時代から続く「工期は命よりも大切」という暗黙の悪き習慣から脱却しなければなりません。できることとしては、熱中症対策で考えるのであれば、完全週休2日制を酷暑の時期は導入すべきです。もちろん、賃金の補償とセットで考慮されなければなりません。また、時短勤務や朝と夜に働く2部制など、働き方は柔軟に変えるべきです。異常気象で猛暑日が続くと人体に相当な負担です。ハード面だけでなく、このようなソフト面でもさらなる充実化が求められます。
熱中症対策と働き方改革は、公共工事でまず仮で実施運用を行い、民間で普及させるのが望ましいでしょう。理由としては、行政が危機意識を持ちしっかりとしたガイドラインを作成し、定着されなければならないからです。そして、好事例をナレッジとして全国に横展開をすることで、熱中症対策を浸透させていくことが重要です。
さらに、目指すべき到達点は、他業界や教育機関の模範となるような熱中症対策を業界全体で推進していくことです。そうなると、若い人々が建設業で働きたいと思い、将来的な人手不足に貢献することとなります。建設業の熱中症対策は、そのような意味で可能性を秘めているともいえるでしょう。
最後に
熱中症は一度かかると後の人生に多大な影響があります。後遺症だったり、再び熱中症に罹りやすいとも言われます。熱中症は死亡することもあり、甘く考えてはいけません。読まれている方の業界を問わず、いま一度ご自身の職場の熱中症対策を再考・見直しされることをおすすめします。声を上げて積極的に働きやすい環境を整えていきましょう!